千葉地方裁判所 昭和62年(行ウ)11号 判決 1990年10月31日
千葉県柏市根戸四六九番一一
原告
高橋秀雄
右訴訟代理人弁護士
鶴見祐策
右同
羽倉佐知子
千葉県柏市あけぼの二丁目一番三〇号
被告
柏税務署長 中島登
右指定代理人
田中治
右同
小野雅也
右同
鮫田省吾
右同
鈴木秀良
右同
關口信一
右同
安達繁
右同
秋山友宏
右同
渡邉定義
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が昭和五九年一〇月三一日付けで行った原告の昭和五七年分及び昭和五八年分の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分は、いずれもこれを取り消す。
第二事案の概要
一 (争いのない事実)
1 原告は、歯科医で肩書住所地において高橋歯科医院を営む事業者である。原告の息子である高橋幸七郎(以下「幸七郎」という。)は、昭和五六年五月一五日、歯科医師国家試験に合格した後、原告と共に、右医院に於て診療に従事しており、昭和五七年三月一一日、幸七郎名義の個人事業の開業届出書が、当時の所轄署である松戸税務署に提出されていた。
2 原告は、昭和五七年分及び同五八年分の所得税について、右医院の総収入及び総費用を幸七郎と折半して、原告の所得分につき別表1、2の確定申告区分欄記載のとおり、被告に対し確定申告をしたところ、被告は、幸七郎を独立の事業者と認めず原告の事業専従者とし、医院の事業所得が原告に帰属するものとして、別表1、2の更正区分欄記載のとおり、各更正処分及び各加算税賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)を行った。そこで、原告が行った異議申立、審査請求及びその各結果(棄却)は、別表1、2の各該当区分欄のとおりである。
3 右処分に先立ち、柏税務署所得税第二部門係官釜修市国税調査官(以下「釜係官」という。)が、昭和五九年八月六日、予め臨場の約束をした上で原告宅兼医院を訪れ、応対に出た原告の妻幾代に身分証明書を示し、調査理由として申告の正確性を調査するためと告げ、原告の長女で受付け及び経理事務を行っていた染谷弥生(以下「染谷」という。)立会いの下で、カルテ及び帳簿類を調査し、医院内を見て回り、染谷に帳簿書類等預かり証を差し入れ、帳簿書類等を調査のため持ち帰った。翌七日、釜係官は、再び来訪し、帳簿書類等の調査を行った。釜係官は、六日の調査の際、幸七郎から歯のレントゲン撮影を受け、右診療費は、幸七郎の請求があった後、同年八月末に支払われた。同年八月中に、被告の係官が、原告の取引銀行である富士銀行柏支店及び三洋証券株式会社に対し原告との取引状況について調査・照会を行った。同年九月八日、釜係官は事前連絡したうえ、原告宅に臨場し、原告、染谷及び税理士吉田敏幸(以下「吉田税理士」という。)立会いの下で、原告及び幸七郎の住居部分の立ち入り調査を行った。同月二〇日、原告の委任を受けた吉田税理士が、柏税務署で所得税第二部門松岡統括官及び釜係官と面接し、税務署がいわゆる折半方式の合理性を問題視しているとの指摘を受けた。
二 (争点)
1 手続的違法について
本件各処分につき行われた前記税務調査は、必要性、調査態様・方法の相当性を欠き違法であるか、違法とすれば、本件各処分が違法となるか。
2 実体的違法について
高橋歯科医院経営の事業主は、原告のみか、又は原告と幸七郎の両者であるか。したがって、原告のみを右事業主と認定した本件各処分は違法であるか。
3 信義則違反について
本件各処分が租税法規に適合し、適法であるとしても、左の事実が認められる場合、本件各処分は信義則に反し違法であるか。
(一) 原告と幸七郎が独立の事業主であるとの前提でなされた折半方式による申告は、税務署の指導によるものか。
(二) 本件各処分以前に、被告は原告に対し、原告が幸七郎と原告の区分経理の資料を提出するまで、処分を差し控える旨の確約をしたか否か。
第三争点に対する判断
一 手続的違法について
原告は、「(一)税務調査は、当該納税者の確定申告に誤りがあることを疑わせるに足りる相当な理由があるときに限り許されるべきものであり、原告は被告の係官の指導に従い申告している以上、本件税務調査は右相当な理由がなく調査の必要性を欠いている。(二)原告の承諾なく取引先調査を行っていること、調査に当たり調査理由を開示しなかったこと、調査範囲を限定することなく帳簿書類等を包括的に提出させたこと、本件税務調査において釜係官の態度は高圧的であったこと及び調査中に釜係官が幸七郎から歯科診療を受けたうえその診療費をなかなか支払わなかったことからして、本件税務調査の手段態様はその相当性を欠いている。」と主張するところ、所得税法二三四条ないし二三六条の定めるいわゆる税務調査の手続は、課税庁が課税要件の存否を調査するための手続に過ぎず、いかなる意味においても課税処分の要件になるものではないというべきであるから、仮に原告主張事実が認められ、かつ、右主張事実により、本件税務調査が違法と評価されるとしても、それが、本件各処分の取消事由になるとはいえないのであり、原告の右主張は理由がない。
二 実体的違法について
実質所得者課税原則を定める所得税法一二条における「事業」とは、「自己の危険と計算において独立的に営まれる業務」(最高裁昭和五六年四月二四日判決、民集三五巻三号六七二頁)と解するべきところ、原告夫婦と幸七郎夫婦及びその子は、同一建物の一階と二階に住み分けていること、右建物の二階には台所、バス、トイレはあるが、独立の出入口はないこと、家事は幸七郎の妻と原告の妻が相互に助けあい行っていること、幸七郎は結婚した昭和五六年九月から原告と同居したが、昭和五七年の三、四月ころ原告が借り入れをして、前記のように住み分けるため家を改築したこと、昭和五六年一〇月から同年一二月の間は、松戸税務署に原告から幸七郎が月二五万円の給与を受けている旨の届出がなされていたけれども、実際は、医院の収入から借入金を返済したのち幸七郎と原告で按分しており、按分割合は明確には決められていなかったこと、その状態は幸七郎の開業届出書が提出された昭和五七年三月一一日以降も同様であったことが認められるから、そもそも、原告と幸七郎は全く別個の世帯とは認められず、更に、原告は前記住所地において昭和三五年から現在まで医院を経営していること、幸七郎が開業にあたり必要とした医療器具、医院改装の費用は、原告名義で借り入れられ、右医療器具等の売買契約等における当事者は原告であり、返済は前記のとおり原告名義の預金口座からなされていること、右借入れにあたり、原告所有の土地建物(医院の敷地及び建物)に根抵当権が設定されていること、本件各処分以前、医院の経理上幸七郎と原告の収支が区分されていなかったことが認められ、右事実に前記第一、一1の争いのない事実を総合考慮すると、原告が昭和三五年から二十数年来医院を経営してきたものであって、子の幸七郎が同五六年から医師として同医院の診療に従事することになり、それに応じて患者数が増え、幸七郎の固有の患者が来院するようになったこと、同医院の収入が昭和五六年から飛躍的に増大していることが認められるとはいえ、本件で問題になっている昭和五六年から同五八年にかけての医院の実態は、幸七郎の医師としての経験が新しく、かつ短いことから言っても、原告の長年の医師としての経験に対する信用力のもとで経営されていたとみるのが相当であり、したがって、医院の経営に支配的影響力を有しているのは原告であると認定するのが相当である。
なお右認定のとおり原告と幸七郎の診療方法及び患者が別であり、いずれの診療による収入か区分することも可能であるとしても、収入が何人の所得に属するかは、何人の勤労によるかではなく、何人の収入に帰したかによって判断されるものである(最高裁昭和三七年三月一六日判決、税務資料三六号二二〇頁)から、原告が医院の経営主体である以上、医院経営による収入は、原告に帰するものというべきであって、右事実によって、前記認定が覆るものではない(甲一、二、同三の一、二、同四ないし一二、同一三の一ないし一四、同一四、同一五の一ないし三、同二八の一ないし四、同二九ないし三七、証人幸七郎、同染谷、原告)。
三 信義則違反について
染谷が、昭和五六年三月一一日、松戸税務署で行われた納税相談において、同署国税調査官舩木雅幸(以下「舩木係官」という。)から原告の五六年度確定申告につき助言指導を受けたこと、右同日、原告の昭和五六年度確定申告とともに幸七郎の個人事業の開業届出書が同税務署に提出されていることが認められるから、前記納税相談の際、染谷において幸七郎が医院の診療に加わった以降の納税方法について相談をし、舩木係官が幸七郎を独立の事業主として届け、原告と折半で確定申告をした方が税務上有利である旨の助言をしたことが推認できないわけではない。
しかしながら、本件各処分以前に被告において原告が折半方式の申告の合理性につき資料を提出するまで処分を差し控える旨の確約をしたと認めるに足る証拠はない。
そこで、本件における信義則の法理の適用について検討するに、租税法律関係においては、法律による行政の原理特に租税法律主義の原則が貫かれるべきであるから、信義則の適用については慎重であるべきであって、租税法規適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分にかかる課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するという特別の事情が存して初めて右法理の適用を考えるべきものであって、右特別の事情の判断にあたっては、少なくとも税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示しその信頼に基づいて行動したところ右表示に反する課税処分がなされ納税者が経済的不利益を受けることになったか否か、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼してその信頼に基づいて行動したことについて納税者の側に責めに帰すべき事由がないかどうかについて考慮する必要がある(最高裁昭和六二年一〇月三〇日判決、判例時報一二六二号九一頁)が、一般に納税相談は相談者の一方的な申立てに基づきその申立ての範囲内で税務署の判断を示すだけで具体的な調査を行うものではないことを考慮すれば、納税相談における助言は信頼の基礎となる公的見解というには不十分と言うべきであるから、前記認定の事実をもって特別の事情と認めることはできないというべきである。(甲一、二、証人染谷、同幸七郎、原告)
第四結び
よって、本件各処分に取消しうべき瑕疵は認められず、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 上村多平 裁判官 高橋隆一 裁判官 副島史子)
別表
1 昭和五七年分
<省略>
別表
2 昭和五八年分
<省略>